担当しているトレーナー達が、訓練や日常の中で気づいたことを綴っていきます。
夏まっさかりの時期になると思い出す出来事があります。それは中津燎子先生が東京で1998年7月の末に開いた夏期英語集中講座で起こったことです。
この集中講座は、社会人を対象に夜6時から9時の時間帯で3日間の日程で開催されました。講座の内容は未来塾が1年間かけて行うレッスン内容を凝縮したものでした。20人くらいの参加者のほとんどの方々は、昼間仕事をしてから講座に参加されていました。当時、サブトレーナーとして講座の観察をしていた私は、暑くて湿った夜の大気に疲れを感じつつ、こんな時でも講座に参加される皆さんの熱心さに感心していました。
講座初日の冒頭、中津先生が各参加者に、受講目的を尋ねていた時のことでした。20歳代の女性が話しながら、泣き出してしまったのです。その女性は、アメリカの大学に留学していて、夏休みを利用して日本に帰国し、講座に参加していました。泣きながら、彼女が訴えたことは、「留学先で自分が話す英語が通じず、相手にしてもらえない」ということでした。私には彼女が一生懸命英語の勉強をして、やっとアメリカ留学という夢を実現。ところが、自分が話す英語が通じず、希望を失い、孤立感を深めた心中を吐露したように見えました。
中津先生は彼女をじっと見つめ、黙って話を終えるのを待っていました。そして切り出しました。「日本にいるネイティブの人達は日本人のカタカナ英語を理解してくれる。しかしアメリカに住んでいるアメリカ人にはカタカナ英語は理解できない。何を言っているのか理解できない人を、彼らは相手にしない」という内容をきっぱりと言いました。先生はこのような日本人留学生を何人もアメリカ滞在中に見てきたようで、その経験から事実として冷静に伝えていました。
その日の講座が終了すると、先生は彼女を呼び、あと何日間で留学先へ戻らなければならないのかを確認し、講座での英語の音作りをしっかり覚えるよう励ましました。さらに、留学先に戻る日まで個人指導を行ってもよいと提案していました。その後、実際に個人指導まで行ったかどうか、そして留学先で彼女が話す英語が通じるようになったどうか、確認できてはいませんが、講座修了時、カタカナ英語から脱却しつつあったことを思うと、きっと通じる英語音を作れるようになったに違いない、と確信しています。
私の記憶には、中津先生がその後私たちサブトレーナーに語った言葉が、宝物のように残っています。それは、「たとえ数日間の講座で英語の音が身につかなくても、作り方を分かっていることがまずは重要である」ということです。
私はこれを聞いて、確信しました。英語の音の作り方を学び、その音を実際に聞いたことがあれば、日本で育った日本人でも、日本を出たとき、通じる英語音を作っていくのは十分可能であると。
7月半ば過ぎに、課題文“Dictator”の発表をもって今年度の初級コースが終了しました。未来塾では特に修了証を出しませんが、各受講生の発表を一つの成果ととらえ、トレーナー側から発表の出来具合についてコメントを出します。コメントの出し方については、特に定型フォームはありません。
わたくしは今回コメントを担当した一人の受講生に対して、かつて中津先生が私たちに対して時々行ったやり方で評価をしてみました。それは、発表を音声と表現の二つの面から便宜上別々に捉えて、それぞれ100点満点で何点の出来であったかを表す方法です。例えば、音声85点、表現90点のように。その上で、何故そのように評価したかの理由を付け加えます。
ここで一つ注目すべき点は、音声と表現の相関関係です。便宜上別個にとらえても、この両者は切り離せません。表裏一体の関係にあり、音が向上すると、その分表現を豊かにでき、逆に課題文の解釈を深め、何をどのように表現するかが明確になると、その効果が音にも表れてくるのです。
わたくしがコメントを担当した上記受講生は、昨年度の初級修了者で、今年は音の定着と精度向上を目指して、全12回の半分程度のレッスンに参加されました。その成果について、同氏は概ね次のようにまとめられました。「音の定着と精度向上については8割程度達成できたと思う。只、今回はそれ以上に大きな発見があった。それは、音声表現(*)に対する理解が深まったことで、音は異文化コミュニケーション上の一つの要素であり、何をどう表現するかを真に明確にできて初めてそれは生きてくる」と。
とても重要な発見をされたと思います。継続的な訓練が如何に大切か、トレーナーとしても改めて感じているところです。
*掲載済のブログより、関連するものを2つ挙げておきます。ご参照ください。
「音声表現」については、「「音声表現」って何?」(2012.03.08付掲載)
「課題文の内容解釈を深めることの重要性」については、「歴史的スピーチをお借りする」(2011.11.10付掲載)