当事者意識を持つ

投稿日:2014年1月28日

今回のテーマは少し硬く皆さんのお耳に響くことでしょう。しかしこれは当塾の訓練の根幹に関わる事項なのです。25年前わたくしが未だ一年目の訓練を受けていた時、ブック・レポートと銘打った一連のレッスンがありました。最大のポイントは如何に自分に引き付けて意見形成できるかでした。口頭発表の基となる原稿を事前に提出したところ、巻末に中津先生のコメント付きで返却されました。朱筆で一行、「21世紀に向けて日本人の真価が問われる云々ではなく、(発表では問題解決に向けて)あなたが何とどう取り組んでいくかを述べてください」。衝撃の一言でした。

別の機会でのこと。中津先生を囲んでの食事会だったと記憶しています。ある高名な作家の書いたエッセイが話題に上りました。最後の部分でその作家が、次代を担う若者に向けて君たちはどう行動していくのかを問います。それに対して中津先生は、その作家の態度は「物書きとしては卑怯だ」と述べられたのです。自分の意見を鮮明にした上で問いかけるのが、物書きとしての筋であるとの主張でした。

少しでもわかり易くするため二つの例を先に紹介しました。改めて「当事者意識」とは何か、考えてみます。最初の例で見ると、自分も日本人でありながらどこか高みから物を見ていて、直接的には関わっていないという感じでした。議論になった時、他者の意見を借用(と言って悪ければ引用)してみてもあまり説得性はないでしょう。借り物でない意見を形成し、無責任でなくしかもオリジナルな議論を展開する秘訣は、自らに引き付けて物を考える態度の習慣化にあると思います。それには当事者意識を持つことが不可欠です。

明快な音声作りとわかりやすい論理構築、双方向からの訓練を通して如何なる場においても臆することなく地に着いた意見が述べられる、日本語でも英語でもそれを可能にする、初級段階からステップを踏んでそれを行っていきます。成果を伴わない訓練は無意味である、それが中津先生の教えです。ご関心のある方は、毎年2月と3月に一回ずつ開催している体験レッスンにおいでください。

<ナガちゃん>