担当しているトレーナー達が、訓練や日常の中で気づいたことを綴っていきます。
私どもの師、中津燎子が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したのは1974年です。それから40年以上の月日がたちました。この本は当時の日本の英語教育界に一大旋風を巻き起こし、中津先生はその対応に東奔西走の日々を送ることとなりました。8年後の1982年、日本人の異文化対応訓練の場として「未来塾」を大阪で始め、更に2年後に東京でも講座を開いたことは皆さんご存知の通りです。
現時点でのわたくしの個人的な関心事は、巻き起こされた旋風の結果がどうなったかという点と、訓練を受けた人々、いわば未来塾受講生OBおよびOGがその後の人生の中で、訓練成果をどの位活用されているかという点です。後者については、特に英語教育に携わる教師の方たちの感想が知りたいところです。
まず、巻き起こされた旋風の結果についてですが、知りたいのは山山でも、中津先生が亡くなった今、情報収集自体容易でなく、また集めた情報を総合的に把握して一つの結論を出すのは不可能だと思います。後者、すなわち未来塾OB・OGで英語の教職に携わっている人たちに関しては、その気になれば手分けして情報入手は可能と感じます。只、情報をある程度組織的に集めるとしたら、これから5年後では遅く、今しかないという気がします。
なぜ訓練成果の活用情報を集めたいか、先程は個人的な関心と言いましたが、もう少し理由づけすれば、それが中津先生の直接的な薫陶を受けた私たち弟子が、この15年間続けてきた自主運営活動の一つの総括に繋がると思うからです。現在共に運営に関わる仲間が、果たしてこれから何年一緒に継続できるかわかりませんが、先生から伝承された音声面と論理面双方からなる異文化対応手法を使って如何に社会的なニーズに応えていけるか、楽しみでもあり同時に身の引き締まる思いです。
地道な活動を継続できる前提として次の三点があると思います。
これら個々についての説明は、別の機会に譲ります。今回のブログのまとめですが、未来塾の異文化対応訓練の源とも言うべき「なんで英語やるの」から40年、今を一つの区切りとして自分たちの活動の足元を見据え、今後5年、10年、更には25年先を見通してみるべき時であると考えています。
<ナガちゃん>