易しい表現を使う

投稿日:2011年3月23日

日本人で英語を学んでいる方のうち、かなりの方が、高度で複雑な内容を表現する英語は、単語、文章表現とも難しいものになると思っているのではないでしょうか。実際には、それは必ずしも真実ではありません。むしろ、重要な場で大切なメッセージを伝えるには、より簡単な単語、簡潔な表現、分かり易い音声とした方が有利に展開することが多く、重要なスピーチの多くはその点を意識して作られます。
 
良い例が米国大統領の演説です。選挙期間中は多くの人にメッセージを伝え、自分の主張に賛同してもらわなければなりません。就任後は、国の内外に施政、外交の方向性を伝え、人々の賛同を得て、事態を動かしていかなくてはなりません。背景が異なる多くの人々に自己の主張を明確に伝えるためには、理解し易い単語、表現、そして音声でなくてはなりません。特に大統領就任演説は、与えられた4年間の青写真であり、今後全国民に共感して行動してもらうための最も大切なスピーチです。練りに練った草稿が、最高の音声とパフォーマンスで語られます。歴史に残る名演説、フレーズもそうして生まれます。John F. Kennedy大統領の就任演説は東西冷戦の最中に国民に新しい力を与えました。“Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.”私は、この易しい文章の中に、当時の時代認識と大統領の施政方針が幾重にも折り重なって伝えられていると感じます。
 
私が、米国ハーバード大学経営学大学院のマイケル・ポーター教授の講演を聞いたとき、同じような感覚を得ました。ポーター教授は現代の経営学を先導する一人です。一橋大学と協賛し、2001年より毎年、優れた経営戦略を実践している日本企業にポーター賞を贈っています。私は、2004年の授与式の際に行われた教授の記念講演を聞く機会に恵まれました。講演で使われている単語の多くは、日本の中学校から高校のレベルで、表現も平易なのですが、伝える内容はとても深く、含蓄に富んでいました。企業経営者の多くがそこから示唆を得られるものでした。教授が天才である、といえばそれまでですが、英語というものはここまで使いこなせるのだということも感じました。
 
未来塾での中級の最後の課題は「私の好きなもの」もしくは「私の嫌いなもの」をテーマとする自作文訓練です。ここで使う単語は、基本的には日本の中学校で習うレベルと制限しています。易しい単語の方が聞き手になじみがあり、ヒアリング、理解とも容易です。しかし、受講生にとって難しい課題です。最初は、多くの方が和英辞典を紐解き、難しい単語、表現を用意しますが、音として伝わり難く、聞き取りが難しく、語り手が実感を込めることにも困難を来たしていれば書き直しを求めます。受講生の多くは苦労しますが、これは実はnativeも経験する苦労なのです。私が米国の大学院にいた時、レポートをクラスメートと共同で書いたのですが、彼らが類語辞典を引いてより適切な単語を探すのを見て、大学院レベルのnativeですら悩みながら文章を推敲することに驚きを感じました。
 
未来塾では、単純に最終稿がまとまれば良いとは考えておらず、訓練を通じての試行錯誤、幾重にも重ねられる思考こそがむしろ真の英語力を培う訓練であると考えています。訓練の過程も異文化対応の一環であると捉えています。
 
参考:ポーター賞のサイト https://www.porterprize.org/

<フルヤン>