おめでとう、Nさん!

投稿日:2011年4月6日

Nさんは、未来塾の中級コース終了後、トレーナー見習いに進んだが、1年程経った頃、勤務先で土曜日が出勤になってしまい、未来塾での訓練継続を断念された方である。そのNさんがしばらくしてボーカル教室に通い始めたと知らせてきた。今から3年ほど前のことである。
 
私は、理由を尋ねた。
「自分の声を取り戻したいの」と彼女は言った。
「声が出ていないと言われ続けて、自分でもこのままでは嫌だと思って」
彼女は続けて次のようなことを打ち明けた。
「小さい頃、声は普通に出ていた。中学生の時に、国語の授業で当てられた時に、詩を感情を込めて読んだら、教師に『感じ出し過ぎ』と言われて、ショックを受けた。とても恥ずかしかった。それから表現してはいけないんだと思うようになって、声を抑制して平板に出すようになった。気がついたら大きな声を出せなくなっていた。上京してからはアパート暮らしで、大きな声を出せないので、ずっと30年間もそのままだった。」
 
そんな風にNさんは自分の声が小さくて、相手に届きにくい理由を説明した。抑制した声を作り続けて、本来の声を見失ってしまったのかもしれない、と私は思った。未来塾在塾中も、表現がこじんまりとし過ぎていることが課題だった。本人は、声を思い切って出しているつもりでも、トレーナー達からは、本来出るはずの60パーセントぐらいしか出せていないように感じられることが常だった。
 
歌のレッスンに通い始めてから1年程が過ぎ、発表会に出るというので聞きに行った。Nさんはロングドレスを着て、ジャズを2曲歌った。悪くなかったけれど、声はソフトで遠慮がちだった。
「まだ声が出切っていない感じがする。きれいに歌っているけど、物足りない。私はここにいるっていう存在を主張するようなNさんの声が聞きたい」
と私は正直な感想を述べた。
 
そして、発表会から1年半ほど経った、つい最近のこと。久しぶりに喫茶店で会ったNさんは「ついに自分の声が出たの」と言って、今練習しているという歌を録音したものを聞かせてくれた。
イヤホンを通して彼女の歌声を聞いてびっくりした。ちょっとばかりドスがきいて、存在感のある太い声。Nさんの地声、本当の声だと思った。
「すごい声でしょ? 前の声の方が良かったって言う友達もいるのよ」と彼女は苦笑した。
「私はこの声いいと思う。存在感あるもの。どうやって出せたの?」
彼女が何年も取り組みながら出せないでいたことを知る私は聞いた。
 
「わたし、去年の夏頃からずいぶんがんばったの。職場の近くの遊歩道なんかがある広い公園で、朝と夕方、10分くらいずつ一人で発声練習をしたのよ。ファルセットと動物のような声を出すっていう練習。そうしたら、始めて3ヶ月ぐらい経った頃かな。公園を散歩していた知らないおじさんに、『声、通るようになったね』って、言われたのよ。うるさいって言われるんじゃないかとヒヤヒヤしてたので、すごくうれしかった」
「へえ!そのおじさん、練習を聞いてたのねえ。それでもって変化がわかったんだ!」
「そうなの。あれからだんだん声が出るようになって、歌の先生も褒めてくれた。ここまでやる人は少ないって。歌う時だけじゃなく、ずっと、つまり話す時もこの声を出すようにしたらいいって言われてるんだけど、それはまだできないのよね。これからあせらずやってみるつもり。」
それからNさんは、「これが自分の声なのよねぇ。」と愛しげに自分の歌声が録音されたMDレコーダーを見つめた。
 
私は、数年に渡るNさんの自分の声を取り戻す努力に心から敬意を表します。おめでとう、Nさん!

<ぽんちゃん>