担当しているトレーナー達が、訓練や日常の中で気づいたことを綴っていきます。
「耳をダンボにする」という喩えは死語かもしれません。言い換えると、「耳をそばだてる」、「耳を澄ます」ということです。日本人の英語を聞いてイギリス人がハッとして全身を耳にした、そんな体験をした未来塾の先輩の話をご紹介します。
私が未来塾の中級コースを終えようとしていた頃ですから、今からおよそ4半世紀も前のこと、当時トレーナーとして中津先生のサポートをされていたHさんが1ヶ月間のイギリス旅行を実現し、その体験を受講生の前で話されました。
Hさんは、当時主婦業の傍ら自宅で英語塾を開いていた50代の女性です。教師が中心となって発足した「発音研究会」に参加し、未来塾を手伝うようになるまでの10年近くも発音を磨き、さらに英語のスピーチ大会に参加するなどして英語による発信力も鍛えて来られていました。そして、彼女にとって外国旅行はそれが初めてでした。
お話からは、旅行をとても楽しまれたのがわかりました。1週間ほどの湖水地方へのバスツアーに参加した時は、ガイドの話す英語の説明もよく聞き取れ、質問も臆せずできました。ツアー客同士での英語でのやりとりも問題なく、ユーモアを交えた会話を楽しめるほどだったそうです。
旅行中のある時、ほしいものがあってスーパーマーケットに入り、レジの女性に、“Could you ~ ?” と話しかけた時のことです。途端にそのレジ係のみならず、左右のレジ係もハッと手を止め、聞き耳を立てたと言うのです。なぜかシーンとなった店内。
「あわわ・・・、いったい何事が起こったの?」ととまどったHさん。明快な発音、通じる発音以上のものがそこにいたイギリス人達に伝わったのです。Hさんはわめいたわけではありません。「K」の破裂をしっかり作り、おそらく完璧に近いリズムで“Could you ~ ?” と話しかけただけです。
この時起こったことを次のように分析した塾生がいました。その時のHさんの英語がQueen’s English だったのではないかと。上流階級の人々が訪れそうもないスーパーでそれが聞こえた際の反応だったのではないか、というある塾生の説明に、なるほど、と思った私でした。
このエピソードは、欧米の音声重視文化の一端を表すものとして私には忘れられないものとなりました。中津先生は、レッスンの際に、発音が汚く聞こえる、だらしなく聞こえる、ということを率直に指摘されました。そのような発音によって損しかねないことをよくご存じだったのだと思います。Queen’s Englishを目指すかどうかは個人の自由ですが、未来塾では、少なくとも他人が耳を貸そうとする発音を目指していることは確かです。